実績・肩書き

 NPO法人 日本青少年音楽芸能協会 理事
    (有)文化センターボックス 代表取締役
    メロウネットところ塾(文化を考えるシニアの会)代表
    ステージ アート クリエイト埼玉 代表


○ 著作
「音楽セラピーのすすめ」(エイデル研究所刊)
○ 発売中CD
「百歌斉放(ひゃっかせいほう)」 
○ 音楽セラピー関係講演・ステージ実施履歴
芸団協アートフォーラム・シンポジウム 川崎市多摩市民館での5週連続講座
所沢市商工会議所青年部例会 日本ホスピス在宅ケア研究会横浜大会 尼崎市健康課イベント 広島市本郷町子ども図書館 北広島市アオサギの会25周年企画
広島県東広島市 竹原市 福山市 所沢市 川越市 鶴ヶ島市 入間市 浦和市
喜多方市 兵庫県作用町 メロウネットところ塾 稲門会例会 ライオンズクラブ ロータリークラブ 北広島市遊民の会 札幌市 小川町全小中学校  ほか



プロフィール 2005〜 

■ ネルルしゅん時代(2005年〜
結成時の暗黙の了解により、ほぼ10年の活動を経てHOTDOGSは活動を停止。
牧野俊浩はネルルしゅんとして新たな歌い手活動を開始。1999年に上梓した「音楽セラピーのすすめ」(エイデル研究所刊)に著した思いを元にソロ歌手として演奏活動を開始。全国の高齢者施設から音楽セラピーについての講演やステージ活動の依頼も多い。歌い手として歩んできた幅広いジャンルを活用して、クラシックからポピュラーまで歌いこなせる稀有の存在として、ますます輝きを増している。

2006年1月には、埼玉県小川町教育委員会の依頼により、道徳教育非常勤講師として
全町の小中学校で、ワークショップ&コンサート「音楽のたまご」を授業。こどもたちから寄せられた素直なすばらしい感想文に力づけられ、自らの役割を再認識した。
新しい芸域としてミュージカル出演にも意欲的。劇団鳥獣戯画のポップスミュージカル
「カリフォルニアドリーミン」にも主役級の役どころで登場。2007年には下北沢本多劇場公演に参加。

プロフィール 1995〜

■ HOTDOGS時代(1995年〜
ソルアモール解散を機会に、再び男声コーラスの世界に。
美空ひばりの東京ドームでのラストコンサートでコーラスを担当したザ・ブレッスン・フォーのメンバーとともに、ヴォーカルトリオHOTDOGSを結成。

メインコンセプトを「シニア世代への音楽の贈り物」として、自分たちの親の世代の心を癒すレパートリーとして、懐かしい昭和初期の舶来ジャズソングをコーラスで歌い始める。
「私の青空」「すみれの花咲く頃」などは高齢者の施設で一番喜ばれたものであった。
並行して、自らの団塊世代を対象にして、アメリカンオールディズやフォークソング、ニューミュージックの名曲などをプログラムしたコンサートを10年間で5回にわたり開催。
毎回、いまどきのミュージックシーンに飽き足らない中高年の音楽ファンを魅了した。

プロフィール 1981〜 

ソルアモール時代(1981年〜
所沢に文化センターボックスを創立。
こどものための音楽教育としての「リトミック」研究部門と、その成果を作品として表現する演奏部門を設立。

自らも演奏活動を再開し、中南米の民族音楽フォルクローレを演奏する「ソルアモール」を結成。アンデスの民俗楽器であるケーナやサンポーニャの演奏技術を習得し、リードボーカルと楽器演奏の役割をこなす。全国の学校や鑑賞組織、市民会館などで年間50〜最多100ステージを務めた。その間、こどものために竹でつくる手作り楽器のワークショップを展開。その結果、全国には30,000セット以上の竹製のパンフルートが存在することになる。
当時全国で鑑賞活動を展開していた子ども劇場・おやこ劇場の思いを受け、ともに作る鑑賞活動として、リトミックの手法を取り入れた合同演奏を盛り込んだ作品「コンドルは飛んでゆく」「縄文の花祭り」「インカ幻想」などは大きな評価を受け、全国にフォルクローレブームを巻き起こした。
1993年に東京の「読売ホール」と「所沢ミューズ」で連続コンサートを開催。

プロフィール 1974〜

ロイヤルナイツ時代(1974年〜二期会合唱団退団後、さらに緻密なハーモニーを求めて、東京藝術大学出身者によって結成されていた男声コーラスグループ「ロイヤルナイツ」からの誘いに応じ、バリトン歌手として参加。NHKの「歌はともだち」や「ロシア語講座」のレギュラーとして活躍。
ロイヤルナイツはロシア民謡を得意とする団体であったところから、ソ連(現ロシア)政府の招聘により2ヶ月間に及ぶ現地での演奏旅行を経験。モスクワ、レニングラードなどで喝采を博した。また70回に及ぶペギー葉山全国ツアーに参加。各民放のモーニングショーやミュージックフェアーをはじめとする歌番組でも活躍。
アカデミックなジャンルから黒人霊歌、ロシア民謡、日本の抒情歌、アメリカンポップスなど10数種類のレコードアルバムを各レコード会社から発売。
コマーシャル録音も、年間ごとに1000本を数えた。
当時録音をした、アニメソング「タイムボカンシリーズ」の「それ行けガイコッツ!」は現在、若い世代にもファンの多い佳作である。

この時代に、東宝ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」にも出演し、主演の森繁久弥氏が無類の歌好きであるところから、グループとして特別にお引き立てを頂くとともに、共演者の倍賞千恵子、音無美紀子、クレイジーキャッツの谷啓、安田伸各氏などとも親しく交流をさせていただいた。いわゆる芸能界を垣間見ていた時代である。

プロフィール 1970〜

牧野俊浩 音楽履歴書
京都市出身(生誕地:岡山)。同志社高校をへて早稲田大学に進学。
商学部にてマーケティングを専攻。大学時代からコーラスを始め卒業後は二期会合唱団に所属。

二期会合唱団時代(1970年〜
我が国有数のオペラ団体「二期会」の専属合唱団員として採用され、バリトン歌手宮本昭太氏に師事。NHK招聘によるイタリアオペラ訪日公演に参加し、当時から世界的な歌手であった三大テノール、パバロッティ、カレーラス、ドミンゴやギャウロフの美声に同じ舞台上で間近に接したことは、歌い手として大きな収穫となった。また北海道から九州までの二期会オペラ公演、全国の学校での芸術鑑賞会を体験するとともに、プロ合唱団連合の一員として、小澤征爾、岩城宏之、若杉弘氏をはじめ現代日本の著名な指揮者のもとに
演奏活動を展開した。
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